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子宮内膜症→チョコレート嚢胞(ここまで自覚なし)→明細胞腺がん発覚。今は経過観察中。ふだんは漫画やアニメの話題など。

「永い言い訳」

※ 下書きに加筆しました。

 

 

 

喪中につき、今年もよろしくお願いいたします、とだけ。

 

 

年は変わってしまったけれど、メモ代わりに。

テーマとキービジュアル(アニメではこういう言い方をするけど、

実写でも言うのかしらん?)の深津絵里さんが印象深くて観てみた。

あらすじは公式サイトにあるので省略して、感想を書く。

 

もやもやとした部分は残るけれど、幸夫(夫)が芯から夏子(妻)の死を

悲しむことができてやっと自分を取り戻したんだなあ、というのが

観終わってすぐの感想だった。

 

冒頭の夏子が幸夫の髪を切っている場面で夫は妻に暴言を吐くけれど、

夏子は幸夫との関係の修復を諦めていたのかもしれない。

のちに出てくる夏子のスマホに残された、

送信されなかった幸夫宛のメール内容はいつごろ書かれたのかは

わからないが、もともと送るつもりはなかったのかもしれないから

心の整理に書いただけなのだろう。

幸夫の仕事が軌道に乗るまで、夏子はずっと仕事を続けて幸夫を

支え続けていたようにも思う。

 

ところで夏子の友人の子ども達を幸夫が面倒を見ることになるのだが、

いきなり子ども達に受け入れられているのには驚いてしまった。

初対面同然であんなに打ち解けるかな? 個人差の問題なのだろうか。

幸夫は面倒見がよかったが、ああいう気配りなどを夏子にもしていれば

違った結果になっていたかもしれないのに、と思ってしまった。

・・・いや、たぶん結婚した当時はしていたのかもしれない。

夏子との生活の回想シーンなどは一切出てこなくて、出会いのいきさつも

さらっとモノローグで語られるだけで、そこは観る人が勝手に妄想して

補完するしかないのだ。

 

なぜ幸夫があれほど子ども達への世話にこだわったのかというと

夏子が事故でこの世を去った時、愛人と会っていたからということに加えて、

妻が旅行へ行く時に着ていった服の色さえ思いだせなかった

無関心さへの罪悪感を打ち消すためなのだろう。

 

伝えていない言葉があったのに、もう伝えることができない。

生きている者にとっては、後悔しか残らない。

きっとわかっていたはず、はあくまでも自分の勝手な想像であって、

本人からちゃんと言葉で聴きとることも、もう叶わない。

 

それでも、残された者は後悔やその他の感情を抱きつつ、生きていくしかない。

かっこ悪くても、だ。